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GODZILLA ゴジラ
2014/08/06(Wed)
最初に言っておくが、この映画、「ムートー」に改題すべきである。

さすがにゴジラ世代ではない…かもしれない。
ゴジラのオリジナルはチラチラと見たことはあるが、しっかりと見たことはない。
ただ「東映まんがまつり」に対抗した「東宝チャンピオンまつり」は何度か観に行ったので、そのたび「ゴジラ対〇〇」は必ず観た記憶があるし、ドラえもん第一作(のび太の恐竜)でも、確か併映がゴジラだったように思う。

しかしこうした末期のゴジラのひどさは目に余り、やや斜に構えた子ども心にも「看板キャラをもっと大事にしろよ」と眉根をひそめるような出来であった。
だから1990年代になってゴジラが再製作されるようになっても、東宝の姿勢についてはいつまでもガンダムで儲けようというバンダイを見る目と同じく、なんとなく鼻白んでいた。
再びゴジラの製作がストップする頃には、またしても東宝は丁寧な造りこみを忘れて惰性で作っているような気がしたし、多分実際そうだったのだろう。

そしてここでもレビューが残っているハリウッド版ゴジラ(黒歴史)へと続いた。
あの恐竜ゴジラは酷かった。
同類と思われたら元祖ゴジラが可哀想だった。
名前を使われただけとしか思えなかった。
物語もひどかった。
つーかジャン・レノお前は何だったんだ!<これも慰謝料のためか?
さてそんなこんなで再びハリウッド版ゴジラが甦ったのが今作である。
ゴジラの造型は確かに元祖に近い。ちょっと太ったような気がするのはピザとコーラの国ゆえだろうか。

渡辺謙はなんと「芹澤博士」の名をいただいている。
芹澤博士とは元祖ゴジラで、自然破壊を繰り返す人間への怒りを体現し、破壊の限りを尽くすゴジラを葬り去ると同時に、ゴジラをも倒すその力を悪用されないため自らも命を絶つという、個人主義の白人に理解されるわけがない堅牢なる大和魂の持ち主である。

そして元祖でないゴジラ(いわゆるキングギドラなどとの対決ゴジラ)ものの定番と言えば、「強大な敵と戦うゴジラ」→「ちょっと負ける」→「再戦(モスラの力を借りたり、悩んだ末にいけすかないラドンと協力したりする)」→「勝利」→「歓喜に沸く日本国民の前で、今度はゴジラが大暴れ」→「自衛隊と対決」→「ゴジラ退散」のパターンである。
(とはいえゴジラに詳しくはないので、「違うよ!」と言う方にはすんまそん。)
ならば今回のハリウッドゴジラは「ムートーと対決」→「ちょっと負ける」→「再戦」→「勝利」→「今度はゴジラが大暴れ」→「渡辺健出動」→「相討ち」で終わりか…と、思うじゃん!!思っちゃうじゃん!!
全然違うよ!

この映画、いい点もあるが、悪い点も多い。
いい点はもちろん、ゴジラの造形がハリウッド風ダイナソーゴジラではなく、元祖ゴジラっぽいこと。
CGなどの技術が上がっているので、破壊のシーンや人間があっけなく潰されるシーンが迫力があること。

うーん、いい点がこれくらいしかないのに、悪い点は結構思いつく。
まず主人公の立場が最初から最後までふわふわしてるのが気に入らない。
そして物語の流れが非常にわかりにくいのが気に入らない。
芹澤博士は結局何のために出てきたのかわからないのが気に入らない。(ぶっちゃけこのキャラがいなくても物語には全く支障がない。)
ゴジラが「自然の調整者」となっているのもちょっと気に入らない。
尻切れトンボ的ラストは気に入らないというより拍子抜け。

かつて日本に住んでいた主人公は、15年前の原発事故で母親を失い、父親はその事故の真相を究明しようと日本に残って変人扱いされている。
ぶっちゃけ、この父親の方がよほど主人公っぽい。というか主人公にして、芹澤博士との絡みをもっと出した方がずっとよかったと思う。
主人公はアメリカで海軍の軍人で、爆発物処理が専門。父が日本で立ち入り禁止区域に侵入し、逮捕されたため引き取りに行くところから物語が動き始めるのだが…とにかくこの主人公、主人公らしい活躍があまりない。騒動に巻き込まれてアメリカに帰ろうとするのはともかく、なら家族優先なのかと思いきや、自分から爆発物処理を願い出たりとスタンスが一貫しない。
一刻も早く家族の元に行きたいのに能力を買われて任務につかされる…というわけでもないので、どうも緊迫感がない。彼は海軍で所属も違うので、前線でも扱いがふわふわしている。
ちなみに、彼より「主人公っぽい」父親は前半であっさりと死んでしまう。えー

物語の流れについては、冒頭フィリピンの採掘場で陥没が起き、地下から謎の生物の化石と無傷の卵が出てきたというシーンがあるのだが、「フィリピン沖で地震があった」とセリフで語られるだけで、すぐに舞台は日本に移ってしまう。
そして日本では謎の振動が続いており、またしても「フィリピンの地震の影響か」というようなセリフでしか推測できない。主人公の父が謎の電磁パルスを怪しむうちに、やがて大地震が起き、原子力発電所が完全倒壊して妻は死んでしまう。
そしてムートーの出現に至るのだが、芹澤博士の説明がわかりにくくよくわからない。
もともとムートーはフィリピンにおり、オスは日本へ向かい(ここがよくわからん)原子炉のエネルギーを食っていた。メスは卵のままアメリカに運ばれて研究されていた。
そしてこのオスとメスの電磁波による会話を、海底深く眠るゴジラはただ静かに聞いていた…というような説明だったと思う。

うむ、よくわからん。

芹澤博士はフィリピンと日本でこのムートーについて研究していた人だが、「殺したら放射線が噴き出すと思って殺せなかった」とモタついているうちに原子炉からエネルギーを吸い尽くしたオスを取り逃がし、メスは放出する放射線量が多いのでネバダの各廃棄物処理場に廃棄し、結局また暴れ出すという「全部おまえの読みが甘かったからじゃないか!」といううっかりぶりである。
特に重大な助言をするでもなく、彼が言ったのは「(ゴジラと)戦わせましょう」という一言。しかしゴジラがムートーの天敵であるという根拠ははっきり示されないままだった。
なぜならフィリピンで化石化してたのはゴジラで、彼は「あれはムートーにやられた」と言ったからだ。ってことはゴジラ、ムートーに負けてるやん!<なおよくよく調べてみると、こいつらは寄生虫と宿主の関係だったらしい

そして前述のとおり、ゴジラは自然の調整者となっている。
地上が今の10倍の放射線であふれていた頃、放射線をエネルギーとするゴジラは生物界の頂点に立っていたそうだ。
やがて放射線が減少すると、ゴジラは海底深くもぐり、地球の核からエネルギーを取り込み始めた。
ところが原爆や水爆実験で地表の放射線量が上がったため、ゴジラは目覚め、地上へと姿を現したのだ。
彼を叩き起こした米ソは、ゴジラを退治するために南太平洋で原爆・水爆を食らわせた。あれは実験などではなく、対ゴジラ戦だったのだ!つかゴジラも災難だな!<とはいえ起き抜けのゴジラはおめざをもらったようなものだが
そしてムートーのような破壊者が現れると、ゴジラはそれによって生物バランスが壊れないように目覚め、そのクラッシャーをデストロイしに来るのだとか。
まさに「GOD」ZILLA!

生殖活動のために太平洋を渡るオス、ネバダで目覚めてラスベガスを破壊し、サンフランシスコに向かうメス。それを追いかけるゴジラ。
この三つ巴に主人公がから…から…からめない!というかからみ方が下手!
ハワイのくだりとかいる!?あの広い太平洋を泳ぐ中で、ハワイ上陸の可能性ってどんだけ?
あの男の子と女の子の描写って何か意味があるのかと思ったけど別になかったよね?いるの、あれ?
軍は最初から最後まで「核エネルギーでおびき寄せてミサイルで粉砕」作戦しかとらず、人が野蛮な巨体にあっさりと敗れる恐怖も、圧倒的な破棄力への恐怖も何もない。パニックに陥った人々の逃げる姿なんかは、かの「ダイナソーゴジラ」の方がまだよく描けていたくらい。

主人公の息子が乗るバスがムートー対ゴジラのデュエルに巻き込まれるシーンも演出がイマイチのせいか大してハラハラせず、とにかく全然怖くない。
あとゴジラがちょっと予想以上に弱くてがっかりだった。
特に緒戦はボコボコで、ムートーの夫婦攻撃に完全にしてやられた。ムートーはノミの夫婦で、小さくて身軽な夫が羽を持って空からの波状攻撃、デカい妻が地上からガチンコのテッポウ攻撃である。ゴジラもぎゃーぎゃー悲鳴をあげるだけで、なす術がない。弱い、弱いよゴジラ!

しかし後半は息を吹き返し、ゴジラお得意の口からビームを駆使してムートー夫妻を撃破。ムートー妻の口の中にビームを斉射する姿はなんか「人妻の口に何かを流し込むヤバいおっさん」みたいだったが、とりあえず勝利。なんで最初から原子力ビームを使わなかったのかとか、チャージしてなかったんならフルチャージしてから挑めよとか、腑に落ちない点は多々あるけど、ゴジラ勝利。
しかも勝利と同時にゴジラは倒れこみ、ピクリとも動かない。死んじゃったのかと思ってたら動き出すゴジラ。寝てただけかい!疲れて行き倒れたおっさんかい!!

でもっ!
でもゴジラはここからだよね!
なんかすっごい時間かかってもう終わりじゃないかと思える時間だけど、そんなはずないよね!
だってゴジラが単純な「正義の味方」や都合のいい「人間の味方」のはずがない。

ここからだ!今度は人間の敵になったゴジラがほっとしたアメリカ人の前でサンフランシスコを破壊し始めるんだ!

そして今までパッとしなかった渡辺謙の芹澤博士が、「役目を終えたゴジラは、人間も自然を破壊する破壊者と判断したんだ」とか、「ゴジラ、もういい。おまえのいるべき場所へ帰れ!」とか言いながら、何か策を練るんだ!アメリカ人は腹切りはさせないだろうから、囮になって最後は軍と協力してゴジラを沈めて眠らせるなんて方法を取るんだ!そうに違いない!!
…と、思った私の5秒間は、寝ぼけたゴジラがよたよたと海に入っていくシーンで「あー、こりゃ何もないわー」という絶望に変わった。
そのまま暗転し、流れ出したBGMとエンドロールと明らかに映画館の空気も「…え?終わり?」という感じだった。

時間的には十分終わる時間なんだけど、どうも腑に落ちない。
100歩譲ってゴジラが大暴れしないまでも、もうちょい何か余韻的なものがあってもいいんでないのか。
これじゃゴジラは本当にただの「いい人」ではないか。勧善懲悪の「ヒーロー」ではないか。
水爆で自分を殺そうとした国の人間を守る「すごい人」ではないか。
それとも、行き倒れている時に餌(エネルギー)をくれた「いい人」たちへの恩返しだったのだろうか

って、ええええええええええ~

公開前の煽り文句は「元祖ゴジラへのリスペクトがすごい」とか、「まさにゴジラ復活という感じ」と聞いていたし、実際トレーラーやPVではゴジラがゴジラらしかったのでいけるかも、と思っていた。
その上、「時代も舞台も違うんだし、そこはそれ、ハリウッド風の味付けになるのは仕方がない」と、ハードルもかなり下げていた。
下げていたのに堂々とくぐっていくとは何事か!!

人に「ゴジラを見た」と言うと、ほぼ全員が「ゴジラ見るならマーニーの方がいいと思うよ」と言うので、来週は素直にマーニーを見に行こうと思う。くそぅ、お盆だから混むじゃないか!

なお三角頭のムートーは二足歩行っぽい動きをするのだが、その造形には全く魅力がない。
全様がなかなか見えないという演出だった「クローバーフィールド」のHAKAISYAを思い出した。

なお主演のアーロン・ジョンソンは「モロダシのB級だが、好きな人にはA級」の映画「キック・アス」でヒョロヒョロの主人公を演じた人である。つくづく、白人はマッスルだなぁ…

あと途中で放射線まみれのゴジラ映画を広島の原爆記念日に見ていることに気づいた。自分的にちょっと不謹慎だった。
最後にもう一度言っておくが、この映画、「ムートー」に改題すべきである。
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